ワンピースは、色々と複雑な問題も要素として含まれています。
正義や自由というのは、とても扱いにくい問題のはずです。例えばタイムリーな話題として、昨年9/11の米テロ事件がありました。
あれはアフガン地方の人々からすれば、アメリカの圧政に対する自由をつかむ為の行動・・・と考えられなくもありません。
しかしアメリカは、そのテロ行為に対して報復攻撃をしました。戦争・テロとは無関係の人々の命・住処・生活を奪っている事は事実です。
アメリカの報復行為とあのテロ行為・・・人の命を奪うという行為としては同じことです。
またアメリカが第3社会の国々に対してとる経済制裁も、地元の人々の生活を苦しくするという事につながります。無差別テロは許せないと、ブッシュ大統領は高らかに宣言しました。
しかし、アメリカだって同じような事をしているのです。
むろんアメリカの場合は命を奪おうとしてではなく、結果として苦しめているのですが。断っておきますが、ここでアメリカ対テロの是非を論ずるつもりはありません。
私が言いたい事は、正義と戦争という問題はとてもデリケートで扱いにくい問題だということです。
ワンピースの世界では、海軍は絶対的正義という名のもとに悪である海賊に立ち向かっています。
少なくとも、悪=海賊、正義=世界政府・海軍 という図式はしっかりしています。
しかし、海軍の中にもネズミ大佐やモーガン大佐・フルボディ元大尉など、正義と呼ぶには程遠い振る舞いをする人々がいます。それに比べ主人公であるルフィは、悪である海賊にも関わらず村を救ったり国を救ったりしています。
何も悪い事はしていないのに、海賊と名乗っただけで賞金首として指名手配される理不尽な事までされています。流して見てると、ルフィに正義があるように描かれています。
(もちろんルフィに正義があるように描かなければ、私達読者が気持ち良く見れませんが・・・)なぜ尾田っちは、悪である海賊に正義っぽい行為をさせるのでしょう?
昔から海賊モノの漫画を描きたかったと、どこかで言っていた覚えもありますが。
しかしそれなら、正義=世界政府・海軍という組織は何故必要だったのでしょう?賞金首として手配され、その額で強さを表すという要素もあったのでしょう。
尾田っちは鳥山明先生に憧れているようですから、ドラゴンボールでの戦闘値という要素が影響を与えているのかもしれません。
それだけの理由なのかもしれませんが、伏線王・尾田っちならばもう少し掘り下げて考えても損ではないと思います。これだけの物語を伏線を散りばめつつ進める彼なら、連載前の段階で大規模な構想や細かな設定が出来ているはずですので。
モーガン大佐やネズミ大佐・・・彼らはどうなのでしょう?
立場的には立派な正義ですが、行為そのものは悪と言い切れます。
ですが、登場場面以外でキチンと仕事(海賊を捕らえるという意味)をしていたならどうでしょう?ネズミ大佐の場合はアーロンから貢がれていますが、他の海賊を取り締まっていれば表面上は何の問題もありません。
アーロンとのやりとりは、庶民には知られていませんからね。
モーガン大佐も権力を盾にやりたい放題ですが、付近の海賊を取り締まっていれば住民は文句を言えませんよね。実際の国会議員・・・彼等は国会に出るだけで何万何百万という給料をもらっています。
ですが実際は、議事の進行中に寝ている人なども居たりします。
寝ていようとヤジを飛ばしていようと、巨大な給料は発生し続けているのです。テレビで見ると腹立たしく感じたりしますが、そんな議員でも何度も当選したりします。
でもそんな議員でも、その人の口利きで自分の地域に高速道路が通ったり新幹線が通ったりして生活が便利になれば・・・?
その人が当選することで地域の経済や雇用状況が改善されれば・・・?モーガン大佐やネズミ大佐は善人ではなさそうですが、そうした背景(海賊をとりしまる等)があれば非力な住民にとっては正義に値するはずです。
ワポルと旧ドラム王国はどうでしょう?
彼等は医者狩りをしました。国民にとっては紛れもなく圧政です。
しかし、イッシー20はワポル専門としてではありますが、医術の研究・向上をを目指していました。
実際ドラム王国出身のチョッパーが持つ医術は、アラバスタ王国の医者を驚愕させていました。
これは悪と言えるのでしょうか?「悪ではない」とは言いません、実際に国民は苦しんでいましたし。
しかし、例えば戦時中には医学は発達します。
捕虜による人体実験などにより人間の体の様々な機能が解明され、様々な病気の治療法が発見されたのは事実です。人体実験などは決して許されない事ですが、こうした事が不治の病を過去のものにした事は事実です。
絶対に許してはいけない行為でも、今の私達を支えているという皮肉な事につながっているのです。
単純に「悪」とくくる事は出来ないのです。いや・・・悪とすべきでしょうが、その中で罪を犯している人達の中には将来への希望をもって、その瞬間の悪行に耐えて戦っているような人も居ないとも限りません。
まーでも、ワポルは単純に「悪者」と考えるように描かれてますけどね。
海賊に目をやってみると、ルフィはもちろん悪い事は何もしていません。
そしてシャンクスの仲間も、悪い事をしているようには見えません。
ですが、描かれていないところで何をしているかは分かりませんからね。
実際彼らは、人の命を奪う事に躊躇しない人々ですからね。(第1巻参照)ですが、海賊は夢のためには自分の命を賭けている人々として描かれています。
覚悟があるからこそ彼等の行為が輝いて見えるし、私達を惹きつけるのでしょう。
誰かに命令されて行動している人もいますが、そういった人達はモロいとされています。代表的なのが、クリーク海賊団の戦闘隊長であるギンでしょう。
「やらされてやるのではなく、覚悟を決めて自分の意志で歩く」という事の大切さをギンを通して訴えているように思えました。
これは現代のサラリーマンに対する警告?
考えすぎでしょうか・・・
次にアラバスタ王国。
ここではもう、完全に反乱を煽ったクロコダイルが完全悪です。
これは何も論ずる必要はないでしょう。しかし、国を想う反乱軍と国王軍・・・善悪はどうなるのでしょう?
ラストシーンではコーザもユバに帰っていましたが、反乱軍の頭としての罪は問われないのでしょうか?
最後の決戦で、死人が出なかったとは思えません。
どうなんでしょうか?ここで罪に処せられなかったということは、悪の所在をうやむやにしたという意図があるのでしょう。
(尾田っちの真意は分かりませんが、私はそう解釈しました。)
つまり国民から見れば正義を通している反乱軍、王族・軍から見ればやはり正義である王族軍。例えるなら、この不況下での政府の対応がアラバスタ国の政治と重なり・・・ますかね?
苦しいかもしれませんが、もし政府の役人さん達が必死に経済政策を模索しているとしたら?
誰だって不景気を歓迎する人は居ないでしょうから、必死に最善策をとろうとしていると思います。
ですが、そんな簡単に経済を回復させる政策を出せる訳ないですからね。それに様々な支持母体との兼ね合いもあるでしょうし、政策検討すら上手く進まないのかもしれません。
ネフェルタリ・コブラさんの様に、もしかすると憂いていても何も出来ないでいるのかもしれません。
可能性がなくはないでしょう?そう考えてみると、政府役人・議員の無能さを怒る我々国民もだってやれる事はありますよね。
アラバスタ王国の人々の様に、みんなが一丸となって国のために働く。
結果として、アラバスタは類を見ない速さで復興していくのですから・・・
長々と例を出して検討してきましたが、そろそろまとめてみたいと思います。
何気に現実世界の問題とリンクしていそうなワンピースの世界・・・
尾田っちはこの作品を通して、物事は表面だけでは判断出来ないと言いたいのではないでしょうか?たった一つの事柄でも、見方に寄っては正義と悪が入れ替わることもある。
一つの要素だけではなく、様々な要素が複雑に関係している可能性もある。つまり偏見で物を見たりするのではなく、そして結論を出した後でも検討を重ねる必要はある。
そういう事を、このワンピースという作品によって伝えようとしているのではないでしょうか?
・・・遊び心を忘れずに盛り込みながら。(笑)