■伏線考察研究会・投稿研究論文 No.19■

研究会員番号 No.286 ささおり氏


『るろ剣』in『ONEPIECE』 02/07/01

 花びらにひそむ白いかまきり、木の葉の羽を持つ蝶・・・生き物の擬態にはすご味があります。卑怯にも彼らの戦略は『相手をだますこと』。ですがだからといって誰が彼らを責められましょうか。

 その天敵や獲物が至近距離にあるときに、彼らがくつろいでるといったことはまずないはず・・・微動だにしないけれどおそらく心臓は早鐘のようでしょう。彼らの戦いは気づかれぬよう生来の力を頼みにするしかない『耐え忍ぶ戦い』なのですから。

  足早に先を行く通りすがりのひとにとって、それは確かにどうでもいいこと。でも彼らの戦いだって真剣でなかなか面白いものがあるってことをお忘れになってはいけません。私はここで『ONEPIECE』におけるすごい擬態について述べてみたいと思います。

1 追憶の中の師匠
 第21巻Mr.1と闘いのさなか、窮地に立たされたゾロに突如過去の思い出がよみがえります。追憶のなかに現われた剣の師匠は微笑みながら意味深長な言葉を残します。

「いいかい世の中にはね何も斬らない事ができる剣士がいるんだ
 ・・・だけどその剣士は鉄だって斬れる同じ刀でね・・・
 “最強の剣”とは・・・守りたいものを守り斬りたいものを斬る力
 触れるものみな傷つける様な剣は 私はね・・・“剣”だとは思わない」

 このあと、ゾロは“何も斬らない事”を“呼吸を知る”ということと受けとめてMr.1に勝利するきっかけとします。ですが私にはこのときのゾロの解釈は『誤解』ではないかと思えてなりません。ゾロの出したこの結論どうしてそうなるのか誰が読んでも釈然としませんよね。それでも勝てたんだから立派なもんです。さすがは天下のゾロ、いや方向音痴と誉めましょう。

 ここで『何も斬らない事ができる剣士』とは『一人として斬り殺すことなく戦いおおせた剣士』でしょう。その人とは逆刃刀で不殺の誓いをつらぬいた『るろうに剣心』の主人公緋村剣心ではないでしょうか。

 『守りたいものを守り斬りたいものを斬る』とは神谷活心流の思想を彷彿とさせます。いかがでしょうか。ゾロの剣の師匠とは尾田先生がアシスタントをつとめていた漫画の師匠・和月伸宏先生そのひとではないでしょうか。ここでは現実と虚構が相似形になっているようです。

 ゾロは師の教えをいつどう受けとめ直すのか。最強を目指す彼が今後たどるであろう心の軌跡には興をそそられますが、ここではそれにはふれません。『ONEPIECE』のどこかにはきっと師匠の『るろうに剣心』の世界が存在するはずです。私はその痕跡を探しました。そしてその結果は・・・ありました!

 参考書は『るろうに剣心』全巻と『剣心秘伝』です。これから申しあげることはこの少年誌を長年みつめつづけてきた方には周知のことでいまさら何をかもしれませんが、どうか大目にみてください。

2 カモフラージュ
 それはC・クロです。なんと彼は剣心の敵役・四乃森蒼紫のメタモルフォーゼでした。(旧江戸城御庭番衆お頭『るろうに剣心』巻之三に初登場) 前髪こそないけれど彼の顔立ちは蒼紫のおもかげに生き写しです。彼の必殺技『杓死』は蒼紫の『回転剣舞』そのままです。ご確認下さい。

 また尾田先生は彼にシャムとブチを加えた三位一体で御庭番衆全員を網羅しています。般若もひょっとこもべしみも式尉も書き込まれています。クロがなんであんな変てこな靴を履いているのか長年頭を悩ませていた方、これにまさる理由はないでしょう。

 ニャーバン・ブラザーズはニャーバン<にやばん<おにわばん、そしてブラザーズ=衆でずばり『御庭番衆』のことだったのですね・・・剣心ファンの読者は一読して声をたたて笑ったにちがいありません。私も大笑いでした・・・

 『ONEPIECE』第3・4・5巻は98年に出たので4年越しのギャグに・・・いかがでしょうか。このクロ海賊団の猫のイメージのもとは和月先生の口癖だというのが私の読みです。
 
 『るろうに剣心』巻之六(95年8月)収録の読切デビュー作に付された解説頁、ここに和月先生は自分が時代物を書くきっかけを打ち明けて、当時まわりが「猫も杓子も」ファンタジーばやりだったからと述べています。「猫も杓子も」・・・

 確かに古くからある言い回しですが、和月先生くらいの年代でこれを連発する人はおそらくまれでしょう。ところがこれがまたもやお目見えします。『剣心秘伝』(96年7月)の巻末袋綴じ企画187頁です。この二つだけを挙げて断定することは冒険ですけれど、「猫も杓子も」は和月先生のお気に入りのフレーズだったかもしれません。そしてそこから生まれた『杓死』は、和月先生をよく知る人だけがわずかに理解できる符牒のようなものだったかなと思うのです。

3 同じ道をすすむ仲間
 『るろうに剣心』という作品をつらぬくのは哀しみを背負ったヒロイズムでしょう。そのなかにあって最も憂いをおびたシリアスなキャラの一人四乃森蒼紫を・・・そして御庭番衆の報われない人生とその壮絶な最期をおもうとき、笑い転げながらもよくもやりやがったな!! 尾田栄一郎め!! と和月先生ならずともなみだ目にならずにはおれません。

 こんなふうに師匠をからかうなんて全く穏やかではありませんね。ためらいや後ろめたさといったものはここには見当たりません。これは和月先生へつきつけた尾田先生のあっかんべーなのでしょうか。C・クロと四乃森蒼紫をよく観察してみましょう。

 C・クロは海賊稼業に疲れ平穏な生活を手に入れたいと望んでいました。そしてそのために部下全員を利用するだけ利用したあげくに皆殺しにする計画でした。一方の四乃森蒼紫は自分の盾となって死んだ部下たちの死に『最強』の花を添えて報いたいと願っていました。そのため彼はおのれを見失い修羅の道へと踏み迷っていきます。片方はひたすら冷酷で片方はひたすら部下思い・・・この二人は向かい合わせの両手のように同質で反対向きの性質にあります。

 尾田先生は師匠のキャラのうち最も天晴れな男を反対向きに描き、そいつをこきおろすことで遠まわしに師匠を称えたのでしょうか。でなければ先生というひとは尊敬の気持ちを伝えるのに相手をおちょくることでしか表現できないタイプなのかもしれません。

 笑いの粉をまぶしつけているけれど、これこそが彼一流の最敬礼なのでしょう。新しい大型船を手に入れ船出するその章は、書き手の尾田先生にとってもまさに新たなる旅立ちであったにちがいありません。見送る和月先生はこの早熟な元アシスタントの型破りなおじぎに、苦笑しながらも優しい目配せでこたえたのだと思います。

 さて、皆さん師匠がいるんなら兄貴もいるかもとは思いませんか。海賊の高みへうでさしまねくDの名を持つそのひとは、コミックスで毎回読者の興味をひいてやまないあの部分でその仲のよさをうかがわせたあのひとでしょう。彼は自分の愛息の一人の姿を借りて『ONEPIECE』に宿っているようですが、二番隊隊長というポジションには師匠の方の新撰組好きの反映を感じさせます。同じ道をともにすすむ師匠と兄貴・・・彼らについて先生が作中の虚実皮膜の間になにを語ってくれるのか、なんとも先が楽しみです。

4 手塚治虫文化賞
 思いっきり笑った後ですので、今度は私たまには怒ってみたいと思います。それはほかでもない第6回朝日新聞主催手塚治虫文化賞の選考結果についてです。『バガボンド』結構!『ベルセルク』ご立派!ここで私が申しあげたいのはそういう文句ではありません。その選考方法のうさんくささと選考委員のやる気のなさです。

 選考方法は選考委員の推薦と読者推薦投票のそれぞれを点数化してその数字を競うのですが、『ONEPIECE』は三年連続読者推薦投票数第1位の圧倒的な人気にもかかわらず、選考委員に黙殺されつづけ一次選考にものぼらないありさま。それで読者推薦投票の数字だけで最終6位なんですよ。

 どうしてこんなに評論家連中に冷遇されるのでしょう『ONEPIECE』!

 今漫画の世界でいいポジションにある彼ら・・・私は彼らの「自分の見方考え方だけが先端的で他は無視してもいいんだとする歪んだエリート意識」や「かつて多くの人の支持を得て今の自分があるんだということを思い出すこともない傲慢さ」に笑ってしまいます。

 自分達もまた絶えず試される立場にあるというのに。そして読者の票を募るだけ募っておきながらこのような結果にけろりとした顔の主催者・・・誰だってこんなしょぼい賞のことなんか鼻もひっかけないでしょう。ですが書くひとの心も読むひとの心もすさませるだけの陳腐な出来レースに、たとえ飾りにしたって手塚治虫の尊いお名前だけはどうかのっけないでもらいたいものです。

 『ONEPIECE』は本当に彼らが思っているような「シンプル・アンド・ストレート」な「漫画の基本形」でしょうか。それだけだってみごとなものだと思いますが、シンプルであると同時に複雑巧緻であり、ストレートであると同時にきわめて婉曲的ですよね。相容れない反対向きの性質二つを一つの中に描くのがこの作品の実験であるはずです。そのコントラストとバランスのなかに物を語る絶妙な手法はもっと高く評価されるべきだと思います。

 少年漫画の王道とはこの作品の場合擬態にすぎません。『ONEPIECE』は誰にせよ通りいっぺんな読み手の前にその擬態を解くことはたぶんないでしょう。尾田先生は今回の結果にむしろ満足かもしれません。どんなに見くびられても望むところでしょう。

 保護色はまだまだ効いてることがわかりました。人魚だってその美しい資質が世に広く知れ渡るより、命永らえることを選んでジュゴンに化けてるのかもしれないですしね。無邪気な幼子をよそおいながら、尾田先生が漫画でやりたい本当のことは・・・危険なかくれんぼとちょっとした冒涜・・・のような気がします。





ONE PIECE 伏線考察研究会 "The study of foreshadowing in ONE PIECE"